大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4521号 判決 1976年3月24日

原告

川上緑

右法定代理人親権者(父)

川上建二

同(母)

川上洋子

原告

川上洋子

右両名訴訟代理人

荒木昌一

被告

大山勉

被告

大山知子

右両名訴訟代理人

伊集院実

主文

被告大山知子は、原告川上緑に対し金四五万一、〇〇〇円、原告川上洋子に対し金三万九、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四八年七月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告川上緑、原告川上洋子の被告大山知子に対するその余の請求および被告大山勉に対する請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告川上緑、原告川上洋子と被告大山知子との間においては、これを五分し、その四を原告川上緑、原告川上洋子の、その余を被告大山知子の負担とし、原告川上緑、原告川上洋子と被告大山勉との間においては、全部原告川上緑、原告川上洋子の負担とする。

この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。ただし、被告大山知子において、金三〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告ら

(一)  被告らは、各自原告川上緑に対し金三二五万円、原告川上洋子に対し金一三万円およびこれらに対する昭和四八年七月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  請求原因

一、原告川上洋子の二女である原告川上緑(昭和四二年五月七日生)は、昭和四七年六月二五日午後八時頃、偶々原告洋子の母の告別式の準備の手伝のため原告洋子方にきていた被告大山知子から、「私の家で花火をやるから行きなさい。私も後で行くから。」と言われたので、姉の訴外川上恵(昭和三九年五月四日生)を誘つて、被告ら方を訪ねた。

二、被告ら方に到着してみると、被告らの長男である直哉(昭和三九年一一月一一日生)がすでに花火とマツチを用意して花火遊びをしようとしていたので、原告緑と恵は、日頃から親しい直哉と花火遊びをしながら被告知子の帰宅を待つことにしたが、直哉から自宅に帰つてローソクを持つてくるようにいわれたので、恵はいつたん自宅へ帰り、自宅の二階からローソク一本を持ち出し勝也に渡した。そこで直哉は、マツチでローソクに点火したうえ、これを自宅の裏庭のコンクリートのうえに立て、自己が所持していた花火を原告緑と恵に分け与え、三名がローソクの火で花火に点火して花火遊びをしていたのであるが、その花火を終えた直後、直哉がマツチをすつて、原告緑に向けて「火をつけぞる。」といつてふざけ、原告緑の身体にその火を近づけ、原告緑を追い廻しているうち、直哉が四、五本目に点火したマツチの火が原告緑のスカートの右下部分に着火し、それが急激に原着衣に燃えひろがつた結果、原告緑は、熱傷、両上腕Ⅱ度、腹部Ⅱ度、臀部、背部Ⅲ度、右側部Ⅲ度、右大腿Ⅱ度の傷害を受けた。

三、直哉は、前記のとおり昭和三九年一一月一一日生れで、本件事故当時満七才の未成年であり、本件行為の責任を弁識するに足りる知能を具えていないものであるところ、被告大山勉、同知子は、直哉の親権者として、直哉を監督すべき法定の義務があるから、被告らは、本件事故によつて生じた原告らの損害賠償をする責任がある。

四、仮りに、本件事故が直哉の行為が直接原因でないとしても、被告らは、民法七〇九条により原告らに対し損害賠償義務を負うものである。すなわち、本件事故は、被告ら方で行つた子供の花火遊びが原因であるところ、被告知子は、直哉が自宅で一人で花火を持つて留守番をしていたこと、原告緑が恵とともに被告ら方にでかけて直哉とともに花火遊びをしようとしていたこと、原告洋子方は、当時母の告別式の準備で大変にとりこんでいた状態であつて、原告緑の両親らとしては、子の監督に気の廻らない異前な状態にあつたことを充分認識していたものであるから、一人直哉を残した自宅に原告緑らが花火遊びにでかけることを知つたなら、当然積極的にそれに対し適切な助言をすることは勿論自らこれに立会うかあるいは第三者の成人の立会を求めるなどの措置を講じて不測の事態を防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と幼児三名のみが花火遊びすることを放置していたことにより、本件事故が発生したものであるから、被告らは、これが賠償の責任に任ずるものといわなければならない。

五、原告らの被つた損害は、次のとおりである。

(一)  原告緑の損害

1 慰藉料 金三〇〇万円

原告緑は、本件事故により、昭和四七年六月二五日から同年七月一七日まで入院治療を受けたが、全身に熱傷の瘢痕を残す後遺症が存在し、その部分の言語に絶するかゆみの苦しさもさることながら、一生この瘢痕を残して今後生きていかなければならないことから、女性として死に優る苦しみを受け、それは筆舌に尽し難いものがある。よつて、慰藉料として金三〇〇万円を請求する。

2 治療費等 金二五万円

原告緑の本件傷害にもとづく入院・通院治療費、諸雑費として合計二五万円を請求する。

(二)  原告洋子の損害

原告洋子は、本件事故当時、遠山玩具製作所にパートとして勤務し、月額約三万三、〇〇〇円を下らない収入を得ていたものであるが、原告緑の入院中および退院後の看護のため、四か月間勤務することができず、合計金一三万円の得べかりし利益を喪失した。

六、よつて、被告らに対し、原告緑は金三二五万円、原告洋子は金一三万円およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年七月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。<後略>

理由

一<証拠>を総合すれば、原告緑は、昭和四七年六月二五日午後八時頃、東京都足立区江北二丁目二一番地一五の七の被告ら方の裏庭において、恵、直哉とともに花火遊びをしていた際、火傷を負い、その結果原告ら主張の傷害を受けたことが認められ<る。>

二ところで、原告緑の火傷が直哉がマツチで原告緑の着衣に火をつけたことに帰因するものであるかどうかについて争いがあるので、まず、この点について判断する。

まず、直哉が原告緑に対しマツチで火をつけたか否かについて、関係当事者である原告緑と証人直哉の供述内容は、まつたく喰違つている。すなわち、原告緑の供述によれば、直哉がマツチをすりそれで火をつけるぞといつて原告緑を追いかけてきたので逃げまわつているうちスカートに火がついた、というのに対し、証人直哉の供述によれば、直哉が原告緑に火をつけるといつて追い廻したことはなく、どうして原告緑が火傷を負つたのか知らない、というのである。

そこで、右両者の供述の信用性について検討するに、原告緑らとともに花火遊びをしていた原告緑の姉である証人恵は、直哉はマツチを右手に持つて原告緑に火をつけたとして、原告緑の供述内容に副う供述をしているが、他方原告洋子の供述によれば、恵は事故当時から母親に対し終始原告緑の着衣の火が急に燃えあがつたのでローソクの火でついたかマツチの火でついたかわからないと述べていたというのであるから、前記証人恵の右供述部分は、前記原告緑および証人直哉の各供述のうちいずれを措信すべきかの判断に必要な証拠価値に乏しいものといわざるを得ず、他に原告緑の供述が証人直哉の供述より信用性に勝ることを裏付けるに足りる証拠は存在しない。かえつて、<証拠>によると、事故直後火災原因の調査に当つた西新井消防署員は、焼毀状況および関係者の供述を総合して、火災原因について、「玩具花火の点火用に使用しているローソクの火を地面に立て傍らで何人かの子供が花火遊びをしているうちに夢中になり中腰になつた際ローソクの火が川上緑(当五年)のワンピースに着火しもえ上つたものと考えられる。」と判定していること、<証拠>を総合すると、当日は風が強く、マツチで花火がつきにくかつたので、恵が自宅からローソクを持ち出してこれに火をつけ地面に立てて置いてローソクから花火に火をつけていたことが認められるから、直哉が原告緑を追いかけながらマツチで着衣に火をつけるとは、たやすく措信できないところであり、原告緑の供述によつて、証人直哉の証言を排斥し、直哉が原告ら主張のごとく原告緑の着衣にマツチで火をつけたものと認めることはできないものといわざるを得ず、他に原告ら主張の右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

してみると、直哉が原告緑の着衣にマツチで火をつけたという事実については、結局その証明が十分でないことに帰するので、この点に関する原告らの主張は採用することはできない。

三次に、原告らは、被告らが子供の花火遊びを十分監督しなかつたことによつて民法七〇九条にもとづく損害賠償義務を免れない旨主張するので、この点について判断する。

まず、被告知子が事故当日原告洋子の母の告別式の準備の手伝いのため原告洋子方にいたこと、直哉と恵とは日頃から親しくしていたこと、直哉が一人留守番をしていたこと、被告知子は恵が花火をしようとでかけたことを知つていたこと、は当事者間に争いなく、<証拠>を総合し、弁論の全趣旨に鑑みれば、次の各事実を認めることができ<る。>

(一)  原・被告らは、いずれも都営下沼田団地に居住するものであるが、原告洋子の母川上たつえが昭和四七年六月二五日に死亡したため、同日は原告ら方は、通夜や告別式の準備のため多忙をきわめ、被告知子をはじめ町内会の婦人らが多数その手伝いのため、原告ら方に出入していた。

(二)  恵(昭和三九年五月四日生)は、右同日学校から帰宅後、近所の大出方に遊びにでかけたが、大出方で遊んでいるうち「折紙」が必要となつたので、自宅に「折紙」を取りに戻つたところ、自宅では通夜の準備のためすでに家財道具が片付けてあり祭壇の飾りつけをしていた最中であつて、「折紙」を取り出せる状況になかつたが、原告ら方に手伝いにきていた被告知子から、被告ら方に行つて一人で留守番をしている直哉(昭和三九年一一月一一日生)から、「折紙」をもらいなさいといわれた。

(三)  そこで、恵は、被告ら方に行つたところ、直哉が一人留守番をしていたので、直哉から「折紙」をもらつて、大出方に戻り、しばらく折紙遊びをして時を費したが、夕刻になつて、大出の家人から今夜は大出方に泊るようにいわれたので、母である原告洋子に了解を求めるべく自宅に帰つたところ、自宅の庭先で母と被告知子があと片付けをしていたので、母に対し、大出方に今夜泊つてもよいかどうか尋ねたところ、母は大出方に泊ることを了解したが、被告洋子から直哉のところへ行つて花火でもして遊びなさいといわれたので、被告ら方に行つて直哉と花火をすることにした。

(四)  恵が、被告ら方に行つたところ、被告らの長男直哉が一人留守番をしていたので花火をして遊ぼうといつたところ、直哉がこれに応じ自宅から袋入りの花火と大箱マツチを持つてきたので、被告ら方の裏庭で花火遊びをすることになつたが、恵の妹である原告緑(昭和四二年五月七日生)も恵が被告ら方で花火をするためにでかけたことを知つて、恵の跡を追い被告ら方にきた。

(五)  そこで、原告緑、恵、直哉の三名は、被告ら方の裏庭で花火遊びをはじめたが、その頃は折悪く風が吹いていてマツチでは花火に火をつけることが困難であつたので、恵は、自宅にローソクを取りに戻つたところ、祖父からローソクを持ち出してはいけないといわれたが、これにしたがわずして二階からローソク一本を持ち出しこれを勝也に手渡した。直哉は、恵が持つてきたローソクにマツチで点火して裏庭のコンクリートの上に立て、恵、原告緑とともにローソクの火で花火を点火して遊んでいたが、線香花火の数本を燃し終つた午後八時頃、原告緑が突然「スカートに火がついて熱い」と騒ぎ出し、急に着衣に火が燃えあがつたので、驚いて自宅にとぶようにして帰つた。

四そこで、以上の(一)ないし(五)において認定した諸事実を総合して被告らの責任の存否について判断するに、被告らは、保護者から原告緑の監護を委託されたものではないから、原告緑の生活関係一般につき指導・監督し、その身体の安全を守るべき義務を負うものではないが、被告知子としては、自宅に一人留守番として残してきた小学校二年生の直哉と花火遊びをすることをすすめ、五才の原告緑と小学校二年生の恵が弁識能力のある者の監視もなく花火遊びをすることを確知していたものであるから、花火遊びという遊びの特質や関係者らの弁識能力に鑑みれば、当然火傷等の事故の発生を予想しうる事情があつたものというべく、しかも、原告緑の母親は、当日告別式の準備等に追われ、子供の花火遊びを監視するということは期待できないような事情が窺われたのであるから、かかる特別の事情にある場合にあつては、被告知子としては、たとえ他人の児童・幼児であつても、自己の子供と花火遊びをするについては、その遊びおよびこれに随伴する生活関係につき監護義務を負うものというべきところ、これを本件についてみるに、本件事故は、花火遊びの際に起きたものであり、しかもその遊びの危険性に鑑みれば、ローソクは、被告知子が知らない間に恵が自宅から持ち出したものであつたとしても、本件事故は全く予想しえなかつたものとはいえないから、被告知子の監督義務の範囲内において発生したものというべきである。なお、被告大山知子本人尋問の結果によれば、被告知子が恵に対し、花火遊びするについて離れてするよう注意したことが認められ、右認定に反する証拠はないが、小学校二年生程度の児童に対し口頭で右のような注意を与えただけでは、到底児童・幼児の安全を守る義務をはたしたと解することはできない。

してみると、被告知子は、本件事故によつて原告らが被つた損害を賠償すべき責任を免れることができないものとするのが相当であるから、被告知子につき損害賠償の責任があるとする原告らの主張は正当であるが、被告大山勉に対しても被告知子と同様の責任があるとする原告らの主張は失当であるに帰する。

五進んで、原告らの被つた損害について検討する。

まず<証拠>を総合すると、原告緑は、昭和四七年六月二五日から同年七月一七日まで水野整形外科病院に入院し、さらにその後も昭和四八年一〇月一八日まで同病院に通院して治療を受け、その治療費として原告緑名義でほぼ金一七万円を支払つたこと、原告洋子は、原告緑の看護のため内職ができず、昭和四七年七月から同年一〇月までの間原告ら主張の内職収入合計金一三万円を失つたことが認められ<る。>してみると、原告緑は治療費として金一七万円を出捐し、原告洋子は得べかりし収入として金一三万円を失い、それぞれ右と同額の損害を被つたことになる。

次いで、被告らの過失相殺の主張について判断するに、原告緑が満五才の幼児であり、恵が小学校二年生の児童であつたことは前示のとおりであり、その両親は法律上親権者として児童、幼児の全生活関係について監督義務を負うものであるから、たとえ他人の監護が期待できる場合であつても、それがため当然に親権者としての監督義務が全面的に免除されるいわれのないことは多言を要しないものであるところ、<証拠>によれば、原告洋子は、直哉の母被告知子が原告方に通夜、告別式の準備の手伝いにきていたため直哉をして一人自宅に残し留守番をさせていたこと、原告緑と恵が直哉と花火遊びをするため被告ら方にでかけることを知つていたものであるから、その遊びの危険性と関係者の弁識能力からして弁識能力を有する者の監護を必要とすることはいうまでもなく、しかして、まず親権者である原告洋子自ら花火遊びに立会うか、あるいは多忙等のためそれが不可能であるときには遊び友達の母親等にその監護を依頼するなどして幼児・児童の監護に万全の措置をとる注意義務を負うものというべきであるのに、これを怠り、漫然と直哉の母親が監護してくれるものと軽信して原告緑と恵が花火遊びをすることを放置していたことが認められるほか、上来認定の事実によれば、原告緑の姉恵が祖父の禁止にもしたがわず自宅から持ち出したローソクが本件事故の直接の原因になつたものと推認することができる。してみると、本件事故の発生については、原告緑の監護者である原告洋子らいわゆる原告側の過去も被告知子の過失以上にその原因行為となつているものといわざるを得ない。したがつて、右の原告側の過失を斟酌すると、原告らの損害額は、原告緑の治療費につき金五万一、〇〇〇円、原告洋子の逸失利益につき金三万九、〇〇〇円とするのが相当と判断する。

そこで、原告緑の慰藉料についてみるに、前認定のような原告緑の年令、受傷の部位、程度、そのために必要とされる治療の期間と生活上の不利益、本件事故発生の経緯、原因のほか、原告緑の前認定のようなケロイド状の瘢痕の後遺症には忍び難いものがあり、その一家の苦痛については測り知れないものがあると思料されるが、他方この種事案において直接の原因行為を与えていない被告側に不当に過大な責任を負わすことは、隣人の情宜、好意にいまなお多くを期待しなければ健全な共同生活を送ることができない構造をもつ社会状況のもとにあつては必ずしも好ましいものではないこと等本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、本件事故によつて原告緑が被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては金四〇万円にとどめるのが相当と認められる。

六  最後に、被告らの和解成立の主張について判断するに、<証拠>によれば、昭和四八年一月頃、建二と被告勉との間で治療費支払の交渉があり、その際被告勉は治療費の二分の一の額を支払うことを了承したことが認められるが、その後原告らがこれを不満として本訴提起に及んだことが認められ、右認定に反する証拠はないから、かかる事情をもつて被告ら主張の和解が確定的に成立したものと認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、被告らの右主張は、採用することができない。

七以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、被告知子に対し、原告緑の治療費金五万一、〇〇〇円、慰藉料金四〇万円、原告洋子の逸失利益金三万九、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四八年七月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容するが、被告知子に対するその余の請求および被告勉に対する請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行およびその免脱の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。 (塩崎勤)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例